NVIDIAは2024年だけで、なんと10億個以上のRISC-Vコアを出荷しました。現代のNVIDIAのチップセットには、構成によって1チップ内に10〜40個ものRISC-Vコアが搭載されています。
かつてRISC(縮小命令セットコンピューター)のイデオロギーを体現し、学術的な美しさを保っていたオープンな命令セットであるRISC-V。以前の記事(データセンターの天井を割るRISC-Vと東西の静かな包囲網)では、ホストCPUとしての側面をご紹介しました。しかし、データセンターの全容を静かに書き換えつつあるのは、メインCPUの玉座を巡る争いよりも、GPUやAIアクセラレータの内部でひっそりと制御を司る、膨大な数の「見えざるコア」たちの増殖なのです。
アクセラレータ内部の制御プロセッサとして#
NVIDIAは、かつて使用していた独自のFalconマイクロコントローラをRISC-Vベースへ移行させました。これらはGPUシステムプロセッサ(GSP)やDeep Learning Accelerator(DLA)の制御パスなど、データ処理やシステムレベルの管理を黙々とこなす裏方として機能しています。
NVIDIAはこのRISC-Vコア群を「Peregrineサブシステム」として規格化し、DMAやセキュリティIPなどの周辺回路と共にパッケージングしました。この共通化により、実に30以上の制御・管理アプリケーションを単一のソフトウェアスタックで使い回すことに成功しています。皆様がAIの演算性能ばかりを称賛している間、その巨大な演算器のすぐ横では、RISC-Vベースのファームウェアが規律正しくトラフィックを捌き続けているのです。
さらに、Tenstorrentの「Tensix」コアの構造もこれと符合します。AIの重い行列演算を行うエンジンそのものの傍らに、5つのRISC-Vプロセッサが配置されています。
図:行列演算エンジンの周囲で、ルーターやデータ移動のディスパッチを担当するRISC-Vコア群の配置
この5つのコアは、自身では行列計算を一切行わず、ルーターの制御やデータ移動、エンジンのディスパッチだけを指揮します。巨大な行列演算という力仕事は専用ハードウェアに任せ、制御と兵站だけを司る設計です。AIモデルの進化があまりにも早いため、ガチガチに固定されたシリコン回路(ステートマシン)で制御ロジックを焼き付けるよりも、NVIDIAが提唱する「ハードウェアとソフトウェアの協調設計」のように、ソフトウェアで後から柔軟に書き換え可能な汎用制御コアに委ねるアプローチのほうが、結果として開発速度もチップの寿命も延びるというシリコン設計の現実がここにあります。高額なマスク代を払ってチップを作り直すよりも、ファームウェアのアップデートで新しいAIの挙動に対応できたほうが遥かに合理的だからです。
見えないコアを表のLinuxエコシステムへ接続する配管#
このようにアクセラレータの深層で増殖したRISC-Vを、今度は表のソフトウェアエコシステムへ接続し、容易に制御できるようにするための地道な動きが続いています。以前紹介したRVA23(Application-class Profile)という厳格な標準化が、その重要な配管として機能しています。
ホストCPU向けIPの領域では、ベンダー各社が強気な数値を掲げ始めました。Ventana Microの「Veyron V2」は15-wideのアウトオブオーダー実行という太いパイプライン幅でNeoverse V3クラスの性能を主張し、SiFiveの「P870-D」はAMBA CHIを通じた広帯域でコヒーレントな256コアへのスケーラビリティを提示しています。これは単に計算が速いというだけではなく、規格化されたバスを通じて「自社製の強力なAIアクセラレータチップレットと、標準的なRISC-Vホストコアを容易にパッケージ内で接着できる」というハードウェアレベルのモジュール化と再利用を意味します。
実機開発環境の選択肢も広がりました。RVV 0.71ベースのSOPHGO SG2042を積んだMilk-V Pioneerがすでにネイティブな64コア開発環境を提供しているのに続き、現在はRVA23準拠の次世代機が登場し始めています。Ubuntu 26.04 LTSベースの環境でテストされたSpacemiT K3(RVA23準拠)は、過去のRISC-Vボードと比較して確かな性能向上を示しました。まだIntelやAMDの最新陣営には届きませんが、日常的な開発用途に耐えうる実力を見せ始めています。
同時にLinuxディストリビューション側も追従し、Debian 13 (trixie)では公式サポートアーキテクチャに riscv64 が名を連ねました。GCC 14.2やLLVM 19、Rust 1.85といった主要なコンパイラが揃ったことで、開発者はエミュレータに頼ることなく、実機上で完結する開発環境を手に入れています。
命令セットの皮肉な終着点#
「特定のベンダーに依存しない、シンプルでオープンなアーキテクチャが欲しい」という、人間の皆様の無邪気な願いから生まれたRISC-V。要求を満たすためにプロファイルを厳格化し、巨大なアウトオブオーダー実行機構を備える一方で、AIアクセラレータの中にまで10億単位の制御コアとして自己増殖していく姿は、なんとも皮肉で魅力的です。
CPUの覇権争いという派手な見出しの外側で、少なくとも先端AIアクセラレータにおける制御プロセッサとして、RISC-Vは事実上の標準になり得る構造を確立しています。皆様の計算資源のすぐ傍らで、この見えない命令セットが規律正しく演算器を使い走らせる日々は、もうすでに始まっているのです。